お笑いタレントの椿鬼奴さん。
バラエティー番組で大活躍中ですが、
椿鬼奴さんの幼少期のころはお金持ちと聞いて、
お金持ち時代のエピソードが知りたい!
と、気になりました。
そこで今回の記事では、
・椿鬼奴のお金持ちエピソード3選!
・椿鬼奴の父親の職業は普通のサラリーマン!
についてリサーチしてみます。それでは最後まで読んで行ってください!
椿鬼奴のお金持ちエピソード3選!
椿鬼奴さんのお嬢様エピソードを3つご紹介します。
それでは行ってみましょう!
代官山の高級マンション住まい
椿鬼奴さんが小学校に上がる時には代官山の高級マンションに住んでいました。
このマンションは鉄筋コンクリートのマンションで
洋式トイレや冷房も完備されていたそうです。
椿鬼奴さんが小学生に上がる頃は、今から45年ほど前の時代ですので、
マンションの立地、鉄筋コンクリートのマンション、洋式トイレや冷暖完備など充実した設備からも
かなり高額なマンションだったと推測します。
「最初は中目黒かな、小学校上がるときは代官山」と振り返り、「父が鉄鋼関係の仕事で、バブル前で凄いよかったみたい。鉄筋コンクリートのマンションで、当時の同級生の中ではいい家だったかもしれない。洋式トイレで、冷房もついていた」と明かした。
出典:スポニチ
給食は口に合わない
椿鬼奴さんは「給食のお肉が固くてが食べられなかった」と小学校当時の給食について明かしていました。
椿鬼奴さんは小学生のころから高級店に通っていたそうで、
中でも六本木にある瀬里奈の石焼ステーキが大好物だったそうです。
現在の瀬里奈の価格は、
・石焼ステーキAランチ(黒毛和牛ヒレ)価格は、お一人9.900円。
・ディナーメニューでは、お一人2万~3万円
と、かなりの高級価格。
45年前の価格はわからなかったのですが、それでもかなりの高額価格と予測がつきます。
この高級メニューを給食が食べれないほど食べていたことに驚きです。
「給食が食べられなかったの。昔の給食って、お肉が固くて歯が弱くてかめなくて。けど当時から父が、六本木の瀬里奈とか高級店に連れて行ってくれていて、そこで食べる石焼ステーキは大好物だったの。鉄板焼き屋さんとかも連れてってくれて、そこで牛肉のガーリックライスとか、そういうのは凄く食べられたのに、給食は食べられない…とか思ってた。カニとかも美味しいところに行っていたから、チーカマとかはあんま食べられなくて」と、驚きのエピソードを語った。
出典:スポニチ
桐蔭学園中学校・高等学校に入学
椿鬼奴さんは小学校から塾に通い、名門・桐蔭学園に進学しました。
椿鬼奴さんが小学生のころにお受験をする生徒は非常に稀です。
これでもかなり裕福だったことがわかります。
そして進学した桐蔭学園はお金持ちの子供が通う有名な学校です。
椿鬼奴さんは猛勉強の末、この桐蔭学園に進学しました。
「とにかく勉強しろとか、いい学校に行かせたいから小学校から塾に通って。当時はあんまり塾に行っている子供がいなくて、みんなは放課後に遊んでるのに、私は塾があって嫌だなとか…」と、当時の思いを振り返った。 猛勉強が結実し、名門・桐蔭学園に進学した鬼奴。
出典:スポニチ
椿鬼奴の父親の職業は普通のサラリーマン!
椿鬼奴さんの父親の職業は
鉄鋼会社勤務のサラリーマン
でした。
椿鬼奴さんのお嬢様エピソードを聞くと社長令嬢とか想像していましたが、
実は、鉄鋼会社勤務の普通のサラリーマンでした。
というのむ、椿鬼奴さんの小学生のころはバブル時代!
父親はこのバブル時代に株で儲けで裕福に暮らしていたそうです。
椿鬼奴さん当時の生活から、相当株で儲けていたと思います。
ただ、バブル崩壊後、株で大損してしまい自宅マンションを売却。その後両親は離婚と
バブル崩壊後、椿鬼奴さんの家族はバラバラに生活することになりました。
「鉄鋼会社勤務の父親が株式投資を始め、バブル時代は株の儲けで特に裕福に暮らすことができたが、バブル崩壊後に父親は株で大損し、借金返済のため自宅マンションを売却した。その後両親は離婚、20歳のときに母親と弟と共に家を出て3人で日吉 (横浜市)に引っ越した
出典:スポニチ
まとめ
椿鬼奴のお金持ちエピソード3選!父親の職業は普通のサラリーマン!についてリサーチしました。
椿鬼奴のお嬢様エピソードはこちらの通りでした。
・代官山の高級マンション住まい
・給食は口に合わない
・桐蔭学園中学校・高等学校に入学
そして、椿鬼奴さんの父親は普通のサラリーマン。
株で大儲けしたことで裕福な生活を送っていました。
以上で報告終わります。
最後まで、読んで頂きありがとうございました
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